土曜の朝、少し胃のもたれを感じながら目覚めた。ホテルの室内は寒かった。エアコンを消して寝たのだが、朝方にはすっかり冷え切ってしまったらしい。
熱いシャワーを浴び、身支度をしたのち外へ散歩に出た。仙台はずいぶん気温が下がったらしく、盛岡から来た自分からしてもかなり寒く感じられた。
しかし、一人旅はいい。好き勝手、身勝手に振る舞っても誰にも迷惑がかからない。
いつ食事してもいいし、いつ寝ても遊んでもいい。
ということで、そんな気ままな旅を続けているわけなので、仙台駅S-PALにある「塩竈 すし哲」の暖簾をくぐり昼酒モードである。胃のもたれはすっかりなくなっていた。
実は、この日の昼は文化横丁の名店「小判寿司」と思っていたのだが、予約で一杯とのことだった。
で、気を取り直して開店直後の「すし哲」にて生ビールを注文すると北寄貝のポン酢和えが出され、ちびちび呑りはじめる。
店内は開店直後からほぼ埋まり、駅という立地もあるが、さすがは人気店といったところか。
「両関 本醸造」を冷や(常温)で一合もらい、金華鯖お造りと鮪串焼きを肴とする。
カウンター席は男女とも年配の客が多く、みなコースの握りを食べている。酒を呑む客もちらほらおり、鮨屋での昼酒を愉しむ仲間がいて少し嬉しくなる。
金華鯖は流石の脂の乗りであり、鮪串焼きもとろとろの甘みであった。
煮蛸ではじめ、鰯、鯵、小肌、帆立、本鮪赤身、海胆と握りをいただく。コースにはせず、お好みで握ってもらう。
もう少し食べたかったが、夜のこともあるので軽めに抑えた。
鮨はどれも流石の旨さであるが、「両関」が鮨によく合って感心した。秋田の老舗蔵の実力を改めて知った。
なお、握りのコースは、それぞれ1700円〜4000円程度となっており、一番高そうな4000円ぐらいのコースは11〜12カン、プラスお吸い物と水菓子といった感じであった。
正午前に昼酒を済ませ、しばし仙台駅、S-PALで土産物などを物色したのち、いったんホテルに戻り昼寝。
昼寝から目覚めた夕方は、土日は16時開店となる仙台の超人気酒場「居酒屋 ちょーちょ」を訪れる。
国分町3丁目のこの人気店は年がら年中予約困難とも聞いていたので、飛び込みで入れたらラッキーぐらいの気持ちで足を運んでみたが「18時までなら」という条件付きで入ることができた。
で、その通り16時少し過ぎたあたりに入店し、小ビールを呑み、お通しのきのこ汁を食べ終えたぐらいで、茄子煮浸し、刺し盛り、日本酒(栃木は小山市の「若駒」)とあっという間に酒と肴が揃った。
本当はもう少し軽めに呑みたかったが、対応してくれた若い女性店員に上手く勧められて、あれこれと注文してしまった。のんびり少しの酒と肴で小一時間ほど過ごせればと思っていたのだが。
一人前にしてもらった刺し盛り三点は、函館の鰤、石巻の平目と鰆、八戸の鯖と北国の魚たち。「18時までとこちらの都合でお願いしてたので、四点盛りにサービスしてきおました〜」とくだんの女性店員。こういう細かい心遣いは嬉しいものだ。
刺身はどれも一級品。昼に食した鮨ダネと較べるのもナンセンスだが、負けず劣らず美味しくいただけた。
厨房には調理担当が4人、フロアは接客担当の女性スタッフが2人と席数にしては充実した体制。どの店員も若く元気で店内は絶えずスタッフの声が行き交っている。
それを落ち着かないととるか、元気があっていいと感じるかは人次第だろうが、お年を召した方にはちょっと合わないかもしれない。
ワタクシ自身は最初こそは「少し声が大き過ぎやしないか、ここの店員」と思っていたが、例の女性店員をはじめ、何人かの店員に気を遣って声をかけてもらっているうちにその声は全然気にならなくなってきた。
とにかく接客が素晴らしいのだ。声が大きいのは、オーダー漏れがないように、そして互いの仕事をフォローし合うようにしているためなのだろう。
酔いも回って居心地が良くなり、料理人たちのしっかりとした仕事ぶりをぼんやり眺める。
自家製のさつま揚げは「新宿西尾」から教わったという一品だが、新宿の西尾とは三丁目にある「西尾さん」のことだろうか。行ったことはないが、人気の高い有名店だ。
このさつま揚げがとても美味しい。外側はかりり、内側はふわわ。
箸で割いて、醤油を垂らした鬼おろしを乗せてアツアツを「山和 燗純米」を熱燗で。
この店イチオシだという八戸の鰯は丸々と太っていて、炭火で遠火の強火の加減で焼かれており、ジューシーかつしっとりとした身とパリパリの皮目となっている。串のまま齧り付いて、内臓まで綺麗にいただいた。
すっかり満腹となり、30分ほど歩いて腹を落ち着かせたあと「バーアンダンテ」に顔を出した。水戸さんに昨晩からこれまでの足取りを話しながら、ジントニックをまずはいただく。
素晴らしい味わいの一杯。五臓六腑に染み渡った。
そして、ふっと顔を上げると美しいバックバーが目に飛び込んでくる。規律を持って整然と並んだ酒瓶がライトアップされ、ある種の芸術品。
ダイキリを呑んでいると「国分町ではないですが『すずりき』という肴町公園側の居酒屋は落ち着いていていいお店ですよ」と水戸さんに紹介された。
腹もすっかり落ち着いたので、もう一軒、その「すずりき」にでも足を運んでみることにして、水戸さんに礼を述べて店を後にした。
しかし、結局「すずりき」には足を運ばず、またもや「くろ田」に足を向けてしまった。幸い一席だけ空いていたので,そこに座らせてもらってホッピーと煮込み、そしてこの日はハラミをいただくことにした。
この日の煮込みもとても美味しい。ぱらり振られた黒胡椒がいいニュアンスとなり、辛めのスープはいくらでの飲めそうだ。
ふわふわの豆腐と柔らかなホルモンも前日と変わらぬ旨さ。
この日は一番奥の席に陣取らせてもらった。入口からは店が狭くて入っていけないスペースなので、店の裏口の方から入らせてもらう。目の前には冷蔵ケースがあり、どの肉もひと目で鮮度の良さがわかる美しい色合い。
お母さんのお孫さんであろうか、それともバイトの方であろうか,若い女性店員がお母さんと同じ調理用白衣を着て一生懸命働いている。その働きぶりが微笑ましく、きっと看板娘なんだろうなあと想像した。
なんだか寒いなあと思っていたら、後ろの窓が開いている。閉めようかと思ったが、はたと気づいた。煙がすごいからときどき開けて換気しているのだ。
なるほどと思ったが、真冬はどうなるんだろうかと少し心配になった。この寒さでビールやホッピーを呑むのはそろそろ限界だろう。
前の晩に食べずに後悔していたハラミは、20〜30cmほどのハラミ肉を焼き網で炭火焼し、それを若い女性店員がハサミで食べやすくカットし、皿に盛り付け醤油ダレをかけ擦り下ろしたニンニクを添えれば完成。
これがまた旨くてホッピーが進む。寒かったので氷は足さず、ナカをお替わりし、ホッピーをぐいぐい呑んだ。
帰り際、前の晩と同じようにお母さんが「ありがとねーー」と声をかけてくれた。はじめは少し気難しい人なのかと思ったけれど、そうではなくて優しい人だとわかってきた。
お孫さんかどうかわからないけれど、女性店員と二人で、この歴史あるやきとり店で毎夜毎夜、客のためにやきとりとハラミを焼き、煮込みを仕込み続けているのだ。あったかい、優しい店なのだ。
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「炉ばた」が無性に恋しくなった。また女将さんの柔らか仙台弁を聴きながら「天賞」の熱燗を呑みたくなった。
わたしは、この気持ちは微かにいつも抱いている故郷への想いなのだと、どこかで気付いていた。懐かしさと優しさで包んでくれる、生まれ育った土地への永遠に忘れることがない大切で強い想いだとわかっていた。
そして、そういった大事な想いを多くの人々から一瞬で奪った3.11へと思いを巡らせた。
荒浜地区もそうだったし、被災したすべてのまちがそうだったのだ。
誰にとっても大事なものを奪って行ったあの災を忘れてはならないし、次に必ずくるであろう災害とどう向き合うのかを、こうやって今でも頻発している災害と相対しながら考えなければならないのだった。
そんな覚悟に似た気持ちの中でわたしは、次の朝一番の新幹線で盛岡へ帰ることを思い出しホテルへ戻ることにした。家には家族がおり、週明けからは仕事もある。好き勝手に一人でふらふらしてばかりいて、迷惑をかけてはいられないと酔った頭の中で強く思ったからだ。
仙台で味わわせてもらった優しさの余韻に包まれながら、歩いてホテルへと向かった。
風がひどく冷たくて、わたしは背中を丸めて歩いて、歩いて、歩いた。
<おわり>
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